余命X年

私はよく、終わりのことを考える。

特に楽しみにしていることの終わり。

例えば映画をみる前。

「この映像を見終わったときには、まだ見てない今には戻れないんだ。」

と思う。

その感動も、面白さもまだ知らない今には戻れない


なんだろう、この悲しくて寂しい感覚。

楽しみにしてたことの終わりを考えてしまう癖。





思い返すと楽しみにしている時だけじゃなかった。

辛い時もそう。

例えば、学生時代...新体操の練習がキツくて朝布団の中で、きっと気づいたら夜になってまた布団に入ってる。

と思う。すると、すぐに夜になって布団の中にいる。そして、あ、終わった。

と思う。



なんだか伝えにくいけれど、私は昔からすぐに【終わり】を考えてしまう癖がある。


そう、人生の終わりも。


今日ふと、お風呂に入っているときにも考えてしまった。

気付いたら、おばあちゃんになってベッドの上で

”あっという間の人生だったなあ”

って終わりがくるんだ。と。


そのときまたさみしくなった。


この人生の終わりは必ずくる。


無限ではない。


その最期のとき、私は満足していけるだろうか?

やり残したことはないだろうか?

そして必ず思う

今までの失敗も後悔も、なにもかも

この人生が終わってしまうことに比べたらなんにも怖いことじゃないと。





私はよく自分が死ぬことを考える。

すると、この人生に輝きが増す。

生きてるだけで

なんでもありだなと思う。


失敗しようが、後悔しようが
自分と他人の命さえ奪わなければなんでもありだ。


もちろん行為的に悪いことをするのは、よくない。なぜよくないか?

自分に返ってくるから。

だから悪いことをわざとするのは自己責任ということになる。





そんな私も今まで人間関係も、仕事も、恋愛も失敗や後悔をたんまりしてきた。


ごめんね。ごめんなさい。と思うこともいっぱいしてしまった。


でも生きていれば、
なんとか幸せな人生を再建できる。

頭を下げて許してもらえたり、時が解決してくれることがほとんどだと思う。

だから、命だけは自分で奪ってはいけない。




自分で奪わなくたって私たち

人類全員、余命X年なんだ。


余命は宣告されてないけれど、いつかは消えて無くなる。



それを知って生きなければいけない。



それを心に刻んで、今を精一杯生きなければもったいない。





私がもし

明日死んでしまったら?


何も天国にもっていけないから、なにか残したい。

私の考え方や、想いを残したいと思う。



娘に、こんなママだったんだ。と知ってもらえるように残そうと思う。

娘が、困った時、悲しい時、辛い時にママならなんて言うかな?とわかるように残そうと思う。

そしたらきっと、何処かでこのブログを見てくれている人もなにかパワーをもらえるかもしれないし🤔

そんなことをして、おばあちゃんまで生きられたら万々歳だ!でも、一応何が起きるかわからないご時世だから、しっかり残しておこう。



そうお風呂に入りながら思った🛁



命は無限ではない。
どんな人も命は有限だ。


だから今日を喜んで生きる。



そして、もし辛いこと、難しいこと、嫌なことがあるなら....


生きろ!


生きれていれば、

なんとかなる!


映画の主人公が死んでしまったら、映画終了。

面白くもなんともない。

主人公は壁にぶつかって、敵と戦って、初めてストーリーが始まる。

もがいて、苦しんで、強くなって、初めてストーリーが進む。


終わるな!ストーリー!


ね♡

SAKURACOCO Blog

流産を含め4度の妊娠を経験した婦人科専門鍼灸あん摩マッサージ指圧師の人生いろいろBlog

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