病気になった人へ

5、6年前に本でも書いてみるか!と書いてみたものをここで紹介します。

誤字脱字等はお許しください♡そしてなんせ5、6年前なので私の考えもアップデートしています。でもこれが私の病気を乗り越えた過程であり、私の芯にあるものです。この思いたちが鍼灸師としての私を作っています。


ご興味のある方はゆっくり読んでみてください♡





病気になった人へ  

著者 安岡 桜子(旧姓)


目次

はじめに

[ 病気初心者 ]

 1 人生のどん底と感情の果て

 2 比べること

 3 嫌いな言葉

 4 病気という名の病気

 5 悲劇のヒロイン

 6 お医者さんへの不信感

[ 病気中級者 ]

 7「人間は必ず復活できる」

 8 私でよかった

 9 神様が奪ったもの、残したもの、くれたもの。

   10 当たり前の怖さ

 11 周りの人が泣いている

[ 病気上級者 ]

 12 何年たっても

 13 病気の価値

 14 生まれた意味と病気の意味

 15 病気でいいよね!

 16 発言する権利

 17 生まれ変わっても。

おわりに




はじめに

 私は高校3年生、17歳の春「リンパ浮腫」という病気を発病した。当時5歳から続けていた新体操に夢中で、朝から夜まで新体操が生活の中心で、高校最後のインターハイを目指して必死に練習していた。

 そんな時、突然右足が腫れだした。初めは、肉離れなどの怪我かと思い、接骨院に行ったけど、わからないと言われ練習を続けた。しかし、私の右足はものすごいスピードでパンパンに腫れ上がり、靴も履けなくなっていた。

 自分の体に何が起こっているのか全く分からない、ただ確実に得体の知れない悪いものが私の体を異常にさせていると感じた。それからたくさんの大学病院をまわった。わかりません、わかりませんという答えを聞いては泣いて、最後の大学病院で「リンパ浮腫」ではないか?という診断をされた。その後言われた言葉は「原因は不明です。この病気は一生治りません。」という一言だった。

 私はこの一言で人格、人生、全てが180度大転換した。この時、感じた人生のどん底が病気初心者だとして、病気を受け入れて行く病気中級者、そして病気を味方にして新しい自分として生まれ変わる病気上級者になるまでに私が感じたことや、考えたこと、悩んだことや励まされたことをここに記して、私は少しでも多くの人が病気というもので、心まで病まないよう、新しい自分でスタートできるように背中を押すパワーになれば幸いだと思っている。


[ 病気初心者 ]


1 人生のどん底


 17歳の時「リンパ浮腫、この病気の原因は不明です。治療法はなく、一生治りません。」という医師からの診断を受け、私は病院から帰る車のなか、声を殺して泣いた。家に帰っても泣き続けた。この病気は、足が浮腫む病気で日常生活では原則24時間、弾性ストッキングや弾性包帯(バンテージ)というもので圧迫し続けなければいけない。激しい運動や温度変化などにも気をつけることが必要で、新体操を続けることや、大好きな温泉やサウナに入ることも負担になる。また、左足の倍にまで腫れてしまった足ではお気に入りのスカートを履くことも恥ずかしく、ブーツを履くこともできない。

 考えれば考えるほど、涙が止まらなかった。悔しくて、悲しくて何にぶつかったらいいか分からず、部屋に引きこもり、物にあたったこともあった。しかし、泣き疲れ、悔しきり、悲しきったその果てには、何も無かった。

何も無い『無の感情』に気づいたとき、私はこれが人生のどん底だと思った。

そしてこれがどん底と決めることで、

 ここから先はただ這い上がるだけで何も怖いものはないと思えた。



2 比べること


 私が病気になって、たくさんの人が励ましてくれた。たくさん声をかけてくれた。でも病気初心者の私は何を言われても受け入れられず反発する想いで溢れていた。

 そんな時によく言われたこと、それは「もっと大変な人もいるよ、だから元気出して。」そんな言葉だった。もっと大変な人もいる、そんなことはわかってる。確かに誰かと比べてみると、ご飯を満足に食べれない飢餓に苦しむ子供もいるかもしれない、同じ年代で兵士としてまだ戦場にいる人もいるかもしれない、余命があと一日の人もいるかもしれない。わかっているけど、私は私を生きていて、今という現実が受け入れられず辛かった。だから比べられたくなかった。今だからわかる、どんなに自分が幸せか。でも病気初心者では目の前に起きたことに精一杯で他人と比べてる余裕もない。

 誰とも比べないで今、辛い。そんな私を誰かにわかってほしかった。



3 嫌いな言葉

 

「病は気から」この言葉もよく病人を励ますときに使う言葉なような気がする。

これももしかしたら本当かもしれない。でもわたしの気をどうしたら病気にならなかったの?そんな一言でわたしの病気を片付けないでと思っていた。

 病気初心者では、当たり前に『気』が病んでいる。そんなときに病は気から!と言われてもどうにもこうにも動けない。だからそんな一言は聞きたくなかったし、

 何を言われても過去には戻る事ができない。



4 「病気」という名の病気


 私は「病気」という名前の病気があると思う。病気になると誰しも落ち込んだり、前が見えなくなったり、生活が一変してしまうと思う。その時「病気」という病名が付く。例えば「病気」とは、リンパ浮腫を患うことで、もう先はないと心が病み、前に進めなくなってしまうことである。体が病んでしまったことで、心まで病んでしまうことはとてももったいないことだと思う。ただ病気に患って平気な顔をして今までと変わりなくいられる人はそういない。だから病気を患った当初は誰しも、この心に「病気」を患っていると思う。

でも「病気」を患っていると、自身が持つ疾患に対して何も考えられないし、病気上級者になる過程では邪魔な感情だから、すぐに「病気」を治さなくてはいけない。

 どっぷり浸った「病気」な自分にさようなら。



5 悲劇のヒロイン

私が病気初心者の頃、まるでドラマの悲劇のヒロインのようだった。病気であることがすぐ悲しくなって、悲観的になる。そして言葉も行動も全てマイナス思考。「できない」「どうせ私は」「自分が嫌い」「良いことなんてない」そんな想いでいっぱいだった。病気の前の自分が100%だとしたらもう50%すら自分というものが残っていないという自信の喪失や、生活が一転してしまったことがとても辛かった。なんで私が病気になったんだろう、なんで私じゃなきゃいけなかったんだろう。神様って本当に意地悪だと思っていた。

自分の人生を客観的にみていて、かわいそうだって思っていた。

でも

 悲劇のヒロインは、本当は強くて、いつも最後はhappy end.ってことに気づかなくちゃ。




6 お医者さんへの不信感

 

 全国的にも珍しい病気にかかった私は、病名を告げられるまでにもたくさんの病院をまわったが、病名がわかってからも点々と病院を回った。しかしほとんどの先生は「リンパ浮腫」という病気を知らない。知っているのは病名だけで、その病気が起こす症状などはほとんど知られていない。お医者さんの中でも認知度の低い病気だったのだ。

 リンパ浮腫いついて専門でないお医者さんから出る言葉はすべて書面的な言葉で、淡々と説明される。「病気は治らないから漢方を出す、その漢方も効果はわからないから一応飲んでみて。ここでは何もできないからもう来院しなくていいよ。」

 きっとお医者さんのほとんどは生死に関わるような病気や治らない病気を体験したことがないんじゃないかな。だから、出てくる言葉はいつも、ひんやりと冷たい魂のない言葉。

もちろん受け入れなければ、なにも進まないけど、そんな冷たい言葉たちが、お医者さんへの不信感へ変わって行った。

「わたしの気持ちなんて何もわからないくせに。」

医学的な知識だけを兼ね備えているお医者さんは病気の本質を診れるお医者さんではない。

 患者さんの心含め診ることができるのが本物のお医者さん。



[病気中級者]


7 人間は必ず復活できる

 わたしが人生で一番影響を受けた人と出会ったのが中級者への入口だったような気がする。その人はわたしの治療で通った治療院の先生で、この治療の先駆者だった。まだ病気を受け入れられないわたしに先生は「人は必ず復活できる」といった。その言葉には魔法がかかっていた。それは人の背中をポンっと押す優しくて、強くて、暖かな魔法。この言葉は、例え病気になっても人は必ず、なくした機能を補って新しい形に生まれ変わって前に進む事ができるということだと思う。

わたしは先生に出会って、

 失ったものばかりを数えないで、得たものを数え始めた。



8 私でよかった

 どうして私が病気になったんだろうと何度も何度も、考えた。でもよくお母さんやお父さん、おばあちゃん…私の大切な家族に言われた言葉「私が代わってあげられたらいいのに」そんな言葉を聞いて考えた。もし、私の大切な家族が私の病気になったら?

 お父さんとお母さんだったら?二人は自営業をしていてたくさんの従業員を抱えている。そんな二人が病気になってしまったら、経営ができなくなって従業員やその家族、お客さん…いっぱい迷惑をかけてしまう。

 もしお姉ちゃんだったら?お姉ちゃんはおしゃれが大好きで、アパレル関係の仕事をしていた。妹の私が見ても綺麗でスタイルのいい仲良しのお姉ちゃん。そんなお姉ちゃんの足が太くなっておしゃれができなくなってしまったら、お姉ちゃんは仕事もできず、悲しくて耐えられないと思う。

 おばあちゃんだったら?私は大のおばあちゃんっ子。年をとってただでさえ足や腰が痛いのに私の病気になってしまったら、きっと日課の犬の散歩にもいけなくなってしまう。

そんなことを考えてたら、私でよかったんだと思えた。私ならこの病気に耐えられる。

もしわたしの大切な人が病気になったら、きっと私も「代わってあげられたら」と言うから、これでよかったんだと自分を慰めた。

そう、

 わたしで良かったと思う事で少し強くなれる気がしたんだ。




9 神様が奪ったもの、残したもの、くれたもの


 ある日夢をみた。その夢は目が見えなくなって耳が聞こえなくなる夢だった。ぱっと目覚めた時、目が見える!音が聞こえる!ということにとてつもなく感動した。

神様は私の健康の一部を奪った。けれど私が奪われたのは体のほんの一部の健康。私にはまだ左足も、両腕も顔も目も口も鼻も、たくさん感じて悩んで考えることの出来る頭、感情を表現できる顔…数えきれない可能性を残してもらった。

病気になるということは一見、健康や生活、たくさんの当たり前を失ってしまったと感じてしまうが、本当は神様が私の無限大の可能性に気づかせ、スタートという合図を教えてくれたんだと思う。

全てを失うと人は死んでしまう。病気になっても生きているかぎり、可能性はどこまでも広がっている。たとえ余命を宣告されたとしても、可能性は広がっている。

 

大切なこと、それは、どんなことが起きようと、

 生きている自分を殺さないこと。生きている可能性をつぶさないこと。




10 当たり前の怖さ


私たちの日常生活は当たり前で溢れている。

太陽が昇り、太陽が沈むことも当たり前。

心臓が一日も休まず動いているのも当たり前。

美味しいご飯をお腹いっぱい食べれるのも当たり前。

行きたくないな〜といいながら仕事に行くのも当たり前。

ベットで寝ると朝起きれるのも当たり前。

小さなことも大きなことも、ほとんどが当たり前にできてしまうから、当たり前だと思ってしまう。でも病気になると当たり前というものを失ってしまう。その時初めて気づくんだ、当たり前じゃなかったことに。でも人間は少し愚かだから、やっぱりその時その場にたってみないと、気づけない。当たり前のことが当たり前じゃないんだって気づいて、感謝しながら生きられたら、毎日本当に幸せを感じていられると思う。それが難しいのだけど、これだけは言っておきたい。もし当たり前が当たり前にできなくなってしまったら、とっても悔しいと思う。悲しいし苦しい。だから1つでもいいから、自分の当たり前毎日にありがとうを感じて生きて行く。そうすると自然に当たり前毎日が幸せ毎日になる。

 この当たり前の日々がどれほど自由な世界なのか知っていますか。




11 周りの人が泣いている


病気になって3年たった年、わたしは一番恐れている合併症にかかった。入院して点滴生活、足の炎症で歩けず車いすで移動し、トイレも一人でできなかった。いつも病気なのにさらに可哀想と思われる自分もいたし、大切な人たちにまた心配をかけた。

丁度そのとき大切な人が熱を出していた。でもわたしは入院していたしなにもできなかった。大丈夫?と言う事しかできなかった。もどかしくて悔しくて。でもこれが、いつもみんながわたしに抱いている感情だったんだと気づいた瞬間だった。かわいそうと思われる事が嫌になっていたけど、大切だからこそかわいそうと心から思う。大切な人の辛いとき、なにもできない無力さを感じる。

わたしが病気でいるその一瞬一瞬の周りの人の心は泣いている。

だからわたしは悲しい顔や辛い顔を少しずつ減らしていこうと心に決めた。

それは弱音を見せないというわけじゃなくて

 みんなの泣いた心を少しでも減らしたかったから。



[ 病気上級者 ]


12  何年たっても

病気になって5年が過ぎた。ようやく悔しくて、悲しくて泣く事も少なくなってきた。

病気の自分を受け入れて新たな夢、目標も見つけ進んでいる。

こうして周りの人もわたしが病気であることを少しずつ忘れていき、慣れて行く。

それでもわたしは1日たりとも病気を休んだ日はない。みんなが忘れても、みんなが慣れてしまっても、わたしは忘れられなくて、慣れないのが悩ましいこと。

そう、病気で変わってしまった体はいくら受け入れられても、慣れることはないし、忘れることもない。きっと治らない病気なら、死ぬその日、その瞬間まで病気として生きていくの。だから、たまには泣いてもいいんだよねたまには悔しがって、悲しんで、怒っていいんだよね

 ただ最終的に今よりもっと前に進む。それが条件。



13  病気の価値


 病気は悲しみ、苦しみ、辛さ、痛み、弱さ、儚さ、切なさ…自分の体と心のマイナス体験を思いっきりさせてくれる。これでもか!というくらい、マイナスの感情を与えてくれる。だからこそわたしは知った、その究極の感情を。病気は全て悪いものじゃない。病気になったからこそ気づいたことがたくさんあると思っている。

病気になる前はわがままで、感謝のできない女の子だったわたしが、今では人の心の痛みや苦しみを一番に考え、日々の生活に心から感謝するようになった。そう思うと病気にこそ感謝できる。なろうと思ってもなれない病気。マイナスの感情以上に、プラスを与えてくれる価値のあるもの。

 その価値に気づくと、病気人生も捨てたもんじゃないって思える

 


14  生まれた意味と病気の意味


人はなぜ生まれてくるの?何度も何度も考えた。

人は必ず使命を持って生まれてくる。使命とは命を使ってでも成し遂げたい事。それは、多分お金持ちになるとか、美人になるとかそういうことではなくて、誰かの為に使う命、使命だと思う。私は多分、病気を選んで生まれてきた。この病気になって病気を知り、考え、乗り越えて伝える。誰かに勇気を与える。きっとそうしたいんだと思う。

病気になった当時はそんなこと考えもしなかったけどいまわかるのは、自分で病気を選んだ。そして何に命を使うかも今、自分で決めている。

 私はリンパ浮腫になって人に勇気を与える。



15  病気でいいよね!


私は友達に嫌みたらしく「さくちゃんは病気でいいよね。」と言われた事がある。すごい衝撃の言葉でそのときは私の病気人生のこれっぽっちも知らないクセにと思ったが後々考えたら誰も脚が太い病気になんてなりたくないのに「病気でいいよね」と言われたという事は、羨ましいという事だから私は病気の勝ち組だと思った。

病気を卓越したひとは笑っている人が多い。自分の病気を自虐ネタにしてしまう強さをもっているひとも多い。それはなぜか...たぶん誰に貶されようと、誰に哀れに思われようと足りないくらい自分がその病気に向き合い悲しみきったから。苦しみきったから。開き直っているパターンなのだと思う。正直、開き直らないとやってられない。毎日太い脚を見て、ジーンズが履けなかったり、美しくなかったり、そんなことを毎度落ち込んでたら生きていけないのだ。だから病気の最後は受け入れ、強みにしてしまう。

病気でいいね、そんな言葉をかけた友達はきっと病気がなくても苦しんでいるのだと思う。人は病気だから不幸せなのではない。


病気でも人がうらやむ自分になれる。



16  発言する権利


私の大学の恩師が「安岡には発言する権利がある」とよく言ってくれた。「安岡は自ら病気になり体験し、経験に替え、力強く生きている。その真実を誰になんと言われようと発言して良いんだ」と。すごく嬉しい言葉だった。その時から私はこの経験をただのできごとで終わらせず、言葉にしてたくさんの人に伝えたいと思った。

病気になるとみんな口を開かなくなる。ネガティブな話だと思って気を使う。こんな話誰も聞きたくないだろうなと思う。でもそれは違う。そこには病気と戦うという映画のようなストーリーがある。病魔という名のモンスターが私を襲う。それはスターウォーズのような。ハリーポッターのような...光と闇の戦いだ。わたしはその主人公でそのストーリーを今も駆け抜けている。とっても面白いストーリーにしてみようじゃないか。誰かが感動するストーリーにしてみようじゃないか。だって私は監督もまかされているんだから。


病気になった、そして苦しかった悲しかった乗り越えた勇気のストーリーは大きな声で話そう。



17 生まれ変わっても


もし生まれ変わったとして神様が「スタイルが良くて、顔も可愛い姿と、今の病気を持ち右足が太い姿で生まれるとしたらどっちがいい?」と聞いたとしても、私は病気の自分を選ぶ。

それは、病気というものが教えてくれたことがはかりしれないほど大きいからだと思う。

病気になって初めて見えたものがたくさんあった。人の優しさ、悲しみや苦しみの果て、自分の可能性、全てのものが奇跡の連続だということ。そんな気づきが私の宝物だからこそ、例えスタイル抜群で美貌を兼ね備えたとしても、この気づきの宝物には敵わない。

生まれ変わっても病気の自分を選ぶことができるということは、病気の自分を受け入れ、前に進むことができたという証でもある。今の気持ちを忘れずにいたい。これが病気の教えてくれたこと。人が病気になる意味だと思う。


何度生まれ変わっても、今の私で生きて行きたい。



おわりに

「何度生まれ変わっても、今の私で生きて行きたい。」こう思えたらその病気を味方につけた病気上級者だと認めたい。ここまで思うのに単純な平坦な道のりではなかった。◯リットルの涙というドラマがあったけど決して1リットルじゃ済まされない涙の量だった。

だから簡単にこの気持ちを強要したくない。こう思いなさい!なんて言えない。だけど、そう思えたらとても人生は輝かしいものになった。自分の為に生きてきた人生ががらっと変わり、誰かの為にこの命を使いたいと思うようになる。それはとても素敵な気持ちだと思う。

世の中にはたくさんの病気がある。知らない名前の病気、薬のない病気、患者さんの少ない病気、子どもの病気...本当に自分が無知だと思うほど病気だらけだ。病気にならないひとはいない。生老病死、人は病気なって死ぬ。それがこの世の定めなのかもしれない。だからこそ、病気になってしまった人に伝えたい。私が乗り越えられたことや、治らずとも今笑って生きていること。

病気は教えてくれる。生きている事のすばらしさ。人の温かさ。この世界の美しさを。


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